last updated 1997/08/25
第102話(全130話)
ドンロンからの脱出(1/2)
13 ドンロンからの脱出
マリカはパピロと向き合っていた。
あなたを助けに参りました。わたしがいればもう安心です。あなたをこの囚われの塔から自
由の大地へとお連れしましょう。さぁ、お喜びなさい。嬉しさのあまりに私に口づけをされて
もいっこうにかまいません。さぁキスをどうぞ。私の魔法を解いてください。驚くほどあなた
にお似合いの王子へと、あなたのキスが私を変えてくれるでしょう。
パピロはそんなようなことをまくし立てているのだが、マリカにはチューチューとしか聞こ
えない。マリカはこのリスネズミがどうしてここへ現れたのだろうと首を傾げていた。
ここはケダック本国から王族の誰かがこの船に乗船した時のための賓客ルームだった。豪華
な作りではないけれど、温かみがあり、落ち着いたインテリアは木の素材を上手に使っていた
。 これが科学万能主義のケダックのセンスなのだろうか。だとしたら、思っていた以上に人
間味のある人々のようだ。マリカはそう思い、いや、と首を振る。科学万能主義で、いつだっ
て新しい機械の開発に夢中だからこそ、彼らは部屋をこんなふうに飾り立てなければいられな
いのだろう。何事もバランスを取らなければいけない。
バランス。
その言葉に行き当たって、マリカは「それにしても」と呟く。
この星のバランスが乱れはじめているって、いったいどういうことだろう。その予兆があち
こちに出現していると、あの伊達男は言っていた。ケダックの星読みとやらは、いったい何を
見たのだろう。
考え込むマリカに、パピロは何やらチューチューとまくし立てているのだが、マリカはいっ
こうにパピロのほうへ気持ちを向けない。もちろん、どうやら口づけをしてあげるつもりなど
まったくないらしい。ようやく、そうとわかってパピロは不貞腐れた。
「なんだい、ピートの奴! 嘘ついたんだな。姫はキスなんかしてくれないし、おいらは王子
に変身なんかしないじゃないか。何が童話だい!」
勝手に思い込んで、勝手に怒っているパピロの真後ろに通気口のドクトがあった。ドドドッ
という物音にマリカは気づくなり腰の剣を抜いて振り返る。振り上げられた剣を見てパピロは
のけぞった。
「わ! ごめんなさいッ。キスはけっこうですから、御無礼をお許し下さい!」
わめいてひっくり返るパピロの頭上をかすめるようにして、ダクトからワーターが飛び出し
てくる。マリカは壁からいきなり飛び出してきたワーターめがけて危うく剣を降り下ろしそう
になり、慌てて剣を引いた。そのマリカの胸元へとワーターは駆け寄り、頬ずりする。マリカ
はとっさにワーターを抱き締めた。その抱擁をけしからん! と怒りながらパピロが体を起こ
すと、彼は真後ろから飛んできたマスターの体に弾かれて部屋の隅まで飛んで行った。マスタ
ーの後ろにフィンフィンが続く。
「助けに来たよ、マリカ!」
叫ぶマスターを見て、マリカは嬉しそうに抱きついた。部屋の隅からその抱擁についてもパ
ピロは激しく抗議した。誰もそれを聞いていない。
「無事だったのね!」
「でも追われてるんだ。すぐここから逃げよう!」
「ええ。でもどうやって?」
「風に従うんだ」
ピートは言って、部屋を横切り窓を開け放った。
海風が甲高い笛のような音を発しながら室内に舞い込んでくる。マリカの赤毛が風に煽られ
てバッとふくらんだ。
「風に乗って飛べって言うの?」
「いや。たぶん風に乗るのとは違うと思う」
言いながらマスターはフィンフィンのほうを見た。マリカはその視線を追う。マスターがフ
ィンフィンを見ているのじゃないことがわかった。マスターはフィンフィンの背中で大きな欠
伸をしているドラゴンの赤ん坊を見ているのだ。
「ドラゴン? どこからそんなのが降って湧いたの?」
「風が運んで来てくれたんだよ」とピート。「あのピラミッドがきみのために五○年も前から
用意されてたのと同じさ。ぼくらが必要としているから、だからドラゴンの赤ちゃんはケダッ
クに囚われてたんだと思う」
「いきなりものすごい運命論者になったのね、マスター」
「ロボットですら運命を語りたくなるような展開だもの。お膳立てが整い過ぎてる」
「お膳立てが整ってるってことは・・」
「ドラゴンの力を借りて、ぼくらはここから脱出できるってことさ」
言うマスターをマリカはみつめる。
ロボットがデータについてではなく、運命などというものについて語っていることへの違和
感から、マスターをまじまじとみつめてしまっているわけじゃない。そういう違和感にはもう
慣れっ子になっているマリカだった。マリカはいま、明らかにマスターのものではない誰か別
の気配をマスターの中に感じていた。それはマリカにとって、とても胸を騒がせる、けれど嫌
悪感はまるで感じない気配だった。
「何ボーッとしてるの? さぁ行こう」
(つづく)
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